リュウタの姉の世界 ~生と死、ココロ。時々雑記

看取る側も看取られる側も可能な限り納得できる最期を

「死の準備教育」ということば

同じことを考えていた人が!

偶然手にした父が持っていた本。

「よく死ぬことは、よく生きることだ」。

「どういう死を迎えたいかを考えることは、必然的にどう生きるかを見つめることに考えることになるのでは」と考えていた私にとってこの本のタイトルはありがたく、一気にこれを読み終えました。

よく死ぬことは、よく生きることだ (文春文庫)

よく死ぬことは、よく生きることだ (文春文庫)

 

「死の準備教育」という言葉との出逢い

この本は1990年(平成2年)発行。筆者の千葉敦子さんはフリージャーナリスト。

乳がんと診断され、最期は好きなニューヨークで過ごしたいとアメリカで治療を受けられていた方です。
アメリカでは当時でもすでに市民が図書館などで様々な医療情報を収集することができ、主治医も一人ではなく複数で、何かあれば連絡を取り診察してもらい、一人の医師の意見を他の医師に伝えて更に意見を聞くということが可能という驚くべき世界。

悲しいかな、日本ではその辺の街中で医療情報を得ることができないどころか、主治医に気を遣ってセカンドオピニオンを受けることができない人すら数多くおられるのが現状です。

セカンドオピニオンは立派な患者の権利ですが、「私の診断では不服なのか」というスタンスの医師が実際にいることを知っているので、患者がそれを怖がっていることはよく理解できます。

そしてこの千葉さんの本の中で、千葉さんが帰国された際に上智大学名誉教授でおられるアルフォンス・デーケン神父から当時上智大学で開かれていた社会人向けの「死の準備教育」という公開講座で講演するよう依頼されていたことを知りました。

私がしたかったことは「死の準備教育」

「死の準備教育」

この言葉に衝撃が走りました。

私がしたいと思っていたことを既に実行している方がおられること、それが同じ神を信仰するドイツ人で、戦争で家族を亡くし日本を愛し、日本で骨をうずめる覚悟で死の準備教育を広めるべく尽力されていることを知ったのです。

デーケン神父の死に関するご著書は下記をはじめたくさんあります。 

より良き死のために――「死への準備教育」創始者が伝えたいこと

より良き死のために――「死への準備教育」創始者が伝えたいこと

 

 私も引き継ぎたい

デーケン神父と想いを同じくする方々が多くおられることも知りました。
千葉さんは私がそのご著書を読んだ時には既に天に行かれており、デーケン神父はご存命ですがご高齢のために最近はご活動を控えておられます。

この出逢いもあり、死の準備教育を広げることが私の天命なのではという思いを強くするようになりました。
そのためにもこのブログを始め、継続することを当面の目標としてやっていきたいと思います。

読んで下さりありがとうございました。